Serendipity

睡眠と太陽とおいしいごはんがあればそれでしあわせ。ときどき本や映画の話。

【本】暮らしのなかでのアート、池田修三|『センチメンタルの青い旗』

 

池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗

池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗

 

ポップな色使いのなかに、少し翳りのある表情の女の子。なんとなく記憶の片隅に残るこの絵の作者は故・池田修三さん。秋田県にかほ市象潟町木版画家だ。

池田修三さんの名前が全国に知られるようになったきっかけを秋田県のPR誌『のんびり』の存在なくしては語れない。2012年に発行された第三号に「池田修三という、たからもの」との題で池田修三作品との出会いからとある催しが行われるまでの
奇跡と呼べるような一連の出来事がつづられている。

話は編集長・藤本智士さんが秋田で友人宅に泊まったことにはじまる。その友人宅には一枚の絵が飾られていた。美術館でも、何かのコマーシャルでもなく、友人の家の壁に掛けられた絵・池田修三作品との出会い。ここから藤本さんは秋田の人々の暮らしのなかにある池田修三という存在について知りたいとの思いに突き動かされていく。そして修三さんの故郷である象潟にてついには展覧会を開催することになった。

秋田の人たちの暮らしに根付いてきた池田修三というたからもの。没後10年(取材当時)を経て少しずつ裏へしまわれつつあったぎりぎりのタイミングでこうして本としてひとつの形に残してくれたこと。

正直なところ、限りなくファンタジーに近かった「暮らしのなかでのアート」という言葉のリアルな回答が秋田にありました。修三さんの作品は言うまでもなくとても素晴らしいものです。しかしその作品を取り巻く環境がいかに稀有で素敵だったかということについてもきちんと伝えたい。そんな思いから、この本を作りました。

本のはじめに語られている藤本さんの思いが温かい。『のんびり』での反響を経て、修三さんの作品は大阪、山口、東京、宮城と各地で展覧会を行っている。写真では感じ難い作品の大きさや、刷りの重なり、制作の過程でつかわれた道具や木版など実体をもって感じられる本当にいい展示なので(私は去年9月のHEP HALLで体感)近くで開催されている折にはぜひ足を運んでほしい。

先日、修三さんの出身地秋田・秋田県立美術館にて開催された展覧会の関連イベント「花のプロフィールPROJECT」では全国からたくさんのお花が贈られて見事な作品ができあがっていた。10日間での来場者数は12014人。ちいさな思いがおおきな、確かなうねりになっていく様子を遠巻きながらも見続けてこられてしあわせなことだなあと思った。

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本の装丁は名久井直子さん、発行はナナロク社。大切につくられたことが節々に息づいている温かな一冊。