Serendipity

睡眠と太陽とおいしいごはんがあればそれでしあわせ。ときどき本や映画の話。

【本】私的2014年ナンバーワン|『偶然の装丁家』

 

偶然の装丁家 (就職しないで生きるには)

偶然の装丁家 (就職しないで生きるには)

 

「関西の装丁家といえば誰だろう」という話になったときにその名を聞いたのが最初だったと思う。

装丁家矢萩多聞さん。
学校や先生になじめず中学一年で不登校、14歳からインドで暮らし、絵を描いては日本で売りそのお金をもとにまたインドで暮らすという生活をつづけていた。そんな生活を「本にしてみないか」と横浜の春風社の人に持ちかけられたのが20歳。「どうせだから装丁もしてみたら?」との流れではじめて装丁をてがける。

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ここまでの話を聞くと、”破天荒のまま突き進んだことで道が拓けた自分とは違う世界の人”と思うかもしれない。そんな人にこそぜひ1ページ目を開いてみてほしい。

ぼくは自己紹介が苦手です。 

このことばからはじまる彼の文章は最初から最後まで一貫してやさしい。「就職しないで生きるには21」シリーズで発刊されたこの本には、『いかに個性的に、強いメッセージを持ちつづけていくか、という話』は書かれていない。ありきたりな感謝のメッセージもあまりない。あくまでも淡々と、目の前のことをこなしてきた結果、いまがあるという感じなのだ。

どんなときも大きな変化のきっかけは、ささいなことからはじまる。

多聞さんは装丁をするときに、とにかくたくさんのラフをつくるのだという。そして編集者に見せる前は何百冊つくってきても、緊張するそうだ。プロである自負と、変化に鷹揚である姿勢。「偶然の装丁家」というが、偶然を持続させていくことのなかには毎回チャレンジが存在しているのだなということを本づくりに対する気持ちや工程のなかに思った。

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勢いのままに読み進めた最後に待ち構えていた「あとがき」では不意の涙を流しそうになった。あとがきのはじまりは「ぼくは文章に自信がない。」多聞さんという人は、自分の弱点を包み隠さず逃げるでも闘うでもなくそれも自分として受け入れているのではないかと思う。

 この本には「就職しないで生きるには」という言葉が掲げられているが、ぼくは就職しないで生きてほしい、とは思っていない。
 むしろ、多くの人は「就職しても生きるには」を知りたがっている気がする。
(中略)
 でも、そんなとき、ふいに聞こえた音楽や、だれかのつぶやき、映画のワンシーン、町角の一杯のコーヒー、ちょっとした何かが、からだを少しだけ楽にしてくれる。この本もそんな風に読んでもらえたら嬉しい。  

私はこの「就職しても生きるにはを知りたがっている」という部分に深く納得した。結局のところ答えは自分のなかにしかないが、就職する・しないが、正解・不正解なのではなくなんというかもう少しいろんなことが広い尺度で図られるようになるといいなと思っている。

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