Serendipity

睡眠と太陽とおいしいごはんがあればそれでしあわせ。ときどき本や映画の話。

【本】旅とモノの話『世界中で迷子になって』

角田光代さんのエッセイを読んだよ。

世界中で迷子になって

世界中で迷子になって

 

この頃とても思うのだけど、私はお金を使うことに慣れていない。なんというか、思いっきりの良さがないのだ。生まれて27年、これまでに買った一番高いものはパソコン(15万円)か。といってもこれは必要経費だし、ないと仕事にならないからしょうがない。旅行は好きだけど、贅沢旅行をするつもりはないから国内旅の予算は現地滞在費も含めてだいたい3万前後になる。深夜バスもいとわないし、鈍行を乗り継いでいく旅も好きだ。海外の場合は航空券だけで結構な額になるけれど、必ずしもベストシーズンに動くわけじゃないから大抵はそんなに高くない。現地でのアクティビティにお金を落とすでもなく、大きな買い物をするでもなく、普通もしくは現地の人がいくようなお店で食事をし、ふらっと美術館に行き、自然豊かな場所でリフレッシュして帰ってくる。

かたや同年代でちらほら聞こえてくるのは「家を買った」という話。そこまでいかなくても、「車を買った」や「ゴルフ一式買った」という話を聞くたびに、そのお金の捻出処に対してというよりも、それを買うという決断したことに賞賛を覚える。私の場合、ネットショッピングをするときだって、たとえ値段が数百円であったとしても、ポチっとするそのワンクリックまでに「えいや」の決断が必要だったりするからだ。

私がお金を使うことに対して抵抗が少ないのは、それが「体験」だったり「モノの値段にあっている」場合だと思う。全く持ってお金を使いたくないわけではなくて、どうせ使うのであれば楽しいこと、体感できること、おいしいもの、いい材を使っているもの、手間がかかっているもの、そういうものに使いたい。年相応についてはよくわからないけど、「下品なお金の使い方」はしたくないなと思っている。

前置きがとっても長くなったが、角田さんのエッセイにはよくモノとお金の話が出てくる。そしてそれは買った品物がいかに素晴らしかったか、高いものはいいものだ、という類いのものではなく、お金を使うことに対して葛藤している瞬間が描かれていることが多い。お弁当をつくることにして買ったお弁当箱は、すぐにやめてしまう500円のものではなく、かといっていつ辞めるかもわからないのに6000円は出せず、少し緊張感があって愛着も持てる2000円のものを購入したという話だとか、ボクシングを辞めないがために7000円のグローブを買ったという話だとか、お金がある・ないという次元ではなく、買うということに対しての葛藤がそこにはある。そこに人間味(親近感?)を感じずにはいられない。あります、あります、角田さんでもそうなんですね、という勝手な安心感も含む。

この本は、『旅に思う』と『モノに思う』の二章で展開されている。旅好きなことはもちろん伝わってくるのだが、それ以上にモノ編への熱量がある。一編一編は短いので眠る前とかに少しずつ読み進めるのにぴったりな一冊。名久井直子さん×danny さんによる装幀がとってもよい。

しあわせのねだん (新潮文庫)

しあわせのねだん (新潮文庫)

 

 角田さんとお金の話はこの本でも。精神状態がおかしなときは、思いもよらぬ買い物をしてしまうという話、読んだのは7年ぐらい前だけど今でも鮮明に覚えている。

 

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