【本】なんて瑞々しい感性。食エッセイではなくてもはや文学『生まれた時からアルデンテ』
遅ればせながら読んだよ。平成生まれ生粋のごはん狂(pure foodie)、小学生のときから食日記をつけていたという平野紗季子さんの本『生まれた時からアルデンテ』
このタイトルからして何度でも口にしたくなる軽やかさ。
といいつつも、実は本屋で何度も読むか読まぬか逡巡した。最初に開いたときは、そのおもしろさがまだわからなくて、でも何回も開くうちに「あれ、手元でじっくり読みたいかも」と思うようになった。そしてこの本を持ち歩いていたら、ひとりの外食がちっとも怖くなくなった。食事が来るまでの間、携帯を開くのではなく本を開く。小難しい本だと少しの時間に本のなかにトリップすることが難しかったりするのだけど、この本は一章一章が短いから隙間時間にさっと読める。そして一章ごとの区切りが気持ちよいので、どうぞと届けられた温かいごちそうに温かいうちに向かえる。満員電車のなかで必至に読むよりも少し広い空間で読むのに向いていると思う。
私はアートやデザイン業界の片隅に足を突っ込んだりしているもので、ある意味でアートやデザインは一部だけの楽しみみたいになっている状況に弱さを感じていて、かたや食はないと生きていけない、命に直結するものだからコンテンツとして強いなあと常々思っていた。でも平野さんは料理は弱いという。
時代の文脈やそれぞれの哲学があってこそ、料理は生まれるし、変わってくんですね。でもそれってあんまり食べてには伝わらないことのような気がして。(中略)その微妙さが、例えば、現代アートや映画をみるように、作品それぞれに解説があったり、パンフレットがあったりして、コンセプト込みで楽しむ芸術に比べて弱いなって思ったんですよ、料理って。出てきたらとにかくすぐ食べちゃうし(笑)。舌で思想は食べれるのかなって思う。
なるほど。たしかに食べるということは日常化しすぎていて、いちいちそこに思想や哲学まで考えが及ばない。マクドナルドだって、すき家だって、なだ万だって、うかい亭だって、安い・高いではなくそこには時代の文脈や哲学があるのかもしれない。
こういった食への姿勢から、ビジュアル的な発見、食べるという行為のなかでのエピソード、文学からの考察などなど平野さんのその切り取り方はどれも新鮮だ。なかでも次のページをめくるのにドキドキしてしまう、ロイヤルホストの遅番紳士小林さん(仮)を追った執念の記録「ロイヤルホストのホスってホスピタリティのホスですか?」は本当に秀逸。笑えて、新たな視点をくれて、知識も増えて、読み応えたっぷりの一冊である。
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私は、「発見/散財レストラン/Libertable」のなかにでてくるこのことばがとてもすき。茶色い3ピースのスーツを着てステッキを持った老紳士に諭されているかのような温かみのある文章。書いているのは23歳の女の子なのだがね。
ちいさな散財がしたくなったら、迷わずレストランの門を叩こう。必ず新しい世界に連れ出してくれるし、いつの間にか埃をかぶる雑貨より、消えてなくなる料理はすがすがしい。それに、孤食女子に対して驚くほど優しく気を遣ってくれる点など、とても嬉しいものだよ。
この本、大半はすでにブログで掲載されているものをまとめげたものなのだけど、WEBという自由な体裁において広がっていた世界を本というある程度制約がある場へ本当に見事に転化しているなあと思う。編集さんとデザイナーさんの力も感じずにはいられない。編集はグルメエディター小出真由子さん、デザインは大島依提亜さん。